DC版 機動戦艦ナデシコ NADESICO THE MISSIONN SS
――君の光に――
Chapter
3---初撃
―――格納庫。
整備班が忙しそうに駆けずり回っている。
そんな中、一人の男がコウに向かって歩み寄ってきた。
「おお、あんたか。艦長候補の訓練士官ってえのは!オレが整備班々長のウリバタケ・セイヤだ。まあメカニックのことなら何でも聞いてくれ。」
さすがに整備班の顔と名前までは覚えていなかったコウ。そう言う意味では本当に初対面という感じがした。
「コウ・アスター大尉です。よろしくお願いします。」
「んなことよりアンタに一つ聞きたいことがある!」
んな事より、と言うのがかなり引っかかったコウではあったが、とりあえずは聞き流した。セイヤの血走った目が、余計な質問をはさませない威圧感を出していた。
「・・・どうぞ。」
「仮にアンタが艦長になったとしてだ。」
「はい。」
「ずばり、整備予算は上げられんのか?」
にじり寄ってくるセイヤ。あまりの迫力に(暑苦しさに)一歩引きながらコウは答えた。
「は・・・まあ、そういう権限も多少はあったと記憶していますが・・・プロスペクターさん?」
質問が想定外だったもので、プロスペクターに聞いてみる。会計は彼の仕事によるところが多い。
「ええまあ、艦長ともなれば艦の整備費用などは必要に応じて軍に請求できることにはなっていますね・・・はい。」
「だそうです。」
「なら話は早い!メカの整備ってのは金がかかるもんだ。アンタもエステに乗るんだろ?わかるよなぁ、あれがどんだけ金がかかるもんか。」
目を血走らせて、迫るウリバタケ。
確かにエステは金のかかるものだ。非経済的なことこの上ない代物ではある。その上にカスタマイズをするとなれば、天文学的な金がかかっても驚かない。まあ、いち戦艦内でいち技術者の改造ではそこまで大掛かりなものにはならないだろうが。
「ええ、まあ。・・・つまり、予算アップを認めるか、と言うことですか?」
「そーよその通ぉり!話が早いねぇ艦長。今までの艦長は女だったモンで、このメカに掛けるロマンは金には換えられん!!ってことが分かってもらえなかった。
アンタは男だ!分かるだろう?」
(わからん・・・。)
そうは思ったがそうも言えずに苦笑していると、プロスペクターが横から口を出した。
「あなたの場合は無駄な発明や改造にお金を掛けすぎるんですよ?」
「ばっきゃろう、オレ様の発明で今までどんだけ助かってきたと思ってるんだ?」
「それに比例して無駄な発明をしてきたこともお忘れなく・・・。」
すっ、とメガネを直し、冷たくあしらうプロスペクター。きっとこの二人の価値観は生涯交わることはないのだろう。
巻き込まれるのも面倒なので、仕方なく口を挟むコウ。
「まあまあ、必要経費でしたら僕はいくらでも軍上層部に掛け合いますよ?ウリバタケさんたちはフネの血液みたいなものですからね。」
「おお、わかってるねぇ艦長!いやぁ、やっぱ男同士でなきゃ通じん話もあるよな?」
「まあ、そうですねぇ。」
適当な相槌を打つコウ。あんまり聞いてはいなかった。
と、後ろから先程のエステバリスのパイロットチームが近づいてきた。そしてウリバタケの顔を掴んで面倒くさそうにどかす。まるで物扱いだ。
「うぷぉ!!てめえリョーコ!!なにしやがる!!!」
「あんまりこいつの言うこと真に受けんなよ?ろくでもねえ発明ばっかりしてやがんだからな!」
「な、なにぃーー!オレ様の発明はいつだって創造性に満ちてかつ発展的な・・・。」
「オレはスバル・リョーコ。エステバリスのパイロットだ。ヨロシクな!」
ウリバタケの話をまるで無視して自己紹介をするリョーコ。彼女は割と有名人だ。
(彼女は元々宇宙軍から統合軍に転属して、再び宇宙軍に転属したんだったなぁ。それでも容認されるんだから、腕は確かなのだろう。)
これは異例中の異例だった。大体がして統合軍と宇宙軍の縄張り争いの意識は根強い。その中をあっちに行ったりこっちに行ったりなど、中々出来るものではないのだ。
図太い神経と、腕。そしてネルガルからの信用をも受けている証であろう。宇宙軍に再転属するのに、ネルガルのバックアップなしには厳しいはずだからだ。
「コウ・アスター大尉です。よろしくお願いします。」
「人の話を最後まで聞けぇー!!」
「同じくパイロットのアマノ・ヒカルでぇ〜す。ブイッ!!」
「マキ・・・イズミ・・・です。よろしく・・・。」
後ろでわめいているウリバタケを再びさえぎる様に今度は二人が自己紹介をする。
この2人のことはコウは知らなかった。無理もない話ではあった。彼女らは軍人でさえないのだ。
「こちらこそ、よろしく。」
「へぇ〜〜、ふんふん。」
コウのことを上から下まで嘗め回すように露骨な品定めをするヒカル。
「うん、なかなかいい線いってますねぇ、艦長!」
「ん?何が?」
「うふふ、いい題材になりそうだわぁ・・・♪」
「?」
「ああ、いやいや、なんでもありませ〜ん!」
にやり、と笑うヒカル。それを見て何やら激しくいやな予感がするコウだった。そしてコウの勘は実によく当たる。
そんなことを知ってか知らずか、リョーコが話題を移し変えてくれた。
「ところで、アンタもエステに乗るんだって?」
「ええ、まあ。」
「艦長しながらエステまで乗るたぁ、器用なこったな。そんなんで大丈夫なのかよ?」
「ご配慮は感謝しますが、ご心配は杞憂に終わるでしょう。」
「あ?何いってんのか全然わからねえ!わかったか?ヒカル。」
「あはは、ぜ〜んぜん。イズミちゃんは?」
「ふ・・・ようするに、余計なお世話。白と黒のリバーシブル・・・・・・そりゃオセロ・・・くくく。」
「・・・・。」
「へぇー、成る程。そいつは頼もしいこったな。ま、俺達の足だけは引っ張らないでくれよな。」
こういう強気な人間には決して引いてはいけない。始めにどちらが上かきっちり教えておくべき、と言うのがコウの考えであった。
そして、その時が来るまでは強気な姿勢で押し通す事がより有効である。決して卑屈になってはいけない。
「・・・ふ。」
「なんだよ?」
「期待していますよ?引っ張る足があることを。」
「・・・言うじゃねえか。」
リョーコはにやりと笑ったが、その場の雰囲気はまさに一触即発の気配が漂う。意に介さないコウではあったが。
そんなコウの更に上を行くほど意に介さないのが、ナデシコクルーであった。
「そんなことより艦長ってどんな漫画が好きですかぁ?やっぱり熱血?意外とラブコメ?」
「こら!その質問でそんなこと呼ばわりかよ!」
「漫画・・・。うーーーーん、ちょっと・・・わからないですねぇ。あまり見ないもので。」
(しらねって。漫画なんか。)
ヒカルの一言であっという間にその場の空気が変わる。さすがのコウもこのペースにはまだついていけなかった。
「えぇ〜〜、艦長漫画嫌い派?見た目どおりの堅物君だね!」
「いやぁ・・・申し訳ないです。」
「あはは、あたしこう見えてもプロの漫画家なんだよねぇ。」
「へえ、そうなんですか。凄いですね!」
何が凄いって、漫画家がエステに乗ってるのが凄い。コウの素直な感想だった。
「でもちょっとスランプ気味で・・・息抜きかねて連載お休みしてナデシコに来ちゃいましたぁ~~!」
「駄菓子の定番・・・そりゃすこんぶ。」
「はは・・・。」
(アホばっかだ。ここ。)
「ああ、イズミの言う事はほっといていいぜ。」
(構いようがねぇっての!)
あまりにも個性的なメンバーばかりでいささか食傷気味だったコウ。このままでは“地”が出てしまいそうで、早々に切り上げることにした。
どうにかこうにか格納庫での質問攻めも抜け出して次に向かったのは食堂だった。
「やあ、あんたが訓練中の艦長さんかい?あたしはホウメイ。このナデシコの厨房責任者さ。」
温和で切符のよさそうな感じが、いかにも寮母さんといった雰囲気をかもし出していた。プロスペクター曰く、「ナデシコのお母さん」と言うのもうなずける。
「始めまして。コウ・アスター大尉です。」
「へぇ、ここに乗るにしちゃあまともな人間だねぇ。それじゃあさぞかしびっくりしただろ?みんな変わった連中なんで。」
「はい。・・・あ。」
初めてまともな人間に会った。そう思いつい口が緩んでしまったコウ。ホウメイはしまったという顔をしたコウを見て大笑いする。
「はははは、正直者だねぇ!」
「いや、恐縮です。」
「いやいや、艦長のお気持ちよくわかりますよ?なにせ個性的な方たちばかりですからなぁ。」
(あんたも含めてね。)
「でも腕は確かだよ。みんなここが好きだからね。自分の家みたいなもんさ・・・。」
「自分の家・・・ですか。」
「ああ。」
「・・・・・・。」
自分の家。それはコウには新鮮な言葉だった。家が、帰る場所がある。
自分には帰る家はない。帰る場所さえなくしてきた。後戻りを出来ないように。
だから、このナデシコの雰囲気は嫌悪しなければならない。これは自分を弱くする雰囲気だ。
そう思いかけて、コウは自嘲した。それはただのいい訳だ、と。
(自分の勝手な覚悟で他人を図ってはいけない。いつだって覚悟とは、自分自身にのみ課せる事の出来るもの。他人に押し付けるものではないのだ。)
コウが何かを言おうとした時、目の前にコミュニティが開く。ルリである。
「艦長・・・至急ブリッジまで来てください。」
「ほら、お呼びだよ。しっかり頑張っておいで艦長さん。」
「ありがとう、ございます。」
また、ここに来よう。自分の思いは決して揺るぐものではないが、他人の思いもまたそうなのかもしれない。それを、知りたい。
何故知りたいのだろうか?それはまだコウには分からなかった。ただそれにはここは最適の場所に思えた。自分を飾る必要のない場所。息抜きの出来る場所。
「また来ます。食事をしに。」
「ああ、おいで。待ってるからね。」
ホウメイに笑顔で送り出され食堂を後にしたコウとプロスペクターは、急いでブリッジに戻った。
「異常事態・・・のようですね。報告を。」
ブリッジに着くなり、即座に本題に入る。すこし間をおいてからプロスペクターが入ってきた。
「いや艦長お早いですなぁ。とてもついていけませんでした・・・はい。はぁ、はぁ。」
「はは、失敬。」
「ふぅーー。さすが軍隊格闘2段の腕前ですなぁ。」
「なに、ほんのたしなみ程度ですよ。」
「いやいや、ご謙遜を。」
「いや、本当に。」
「いやいや。」
「またまた。」
「「はっはっはっは。」」
「二人とも、笑ってる場合じゃあないですよ!!」
どんどん話がそれていく二人に、思わず声を張り上げるハーリー。
「イッツジョークと言うやつですね。」
「報告、聞きましょう。」
しれっとした顔で言うプロスペクターとコウ。結構この二人は馬が合うのかもしれない。
「・・・前方に重力波反応を感知。戦艦クラスです。」
相変わらず感情の起伏のない冷静な報告をするルリ。しかしブリッジの緊張感が今度は訓練ではないことを物語っていた。
「識別不能!艦隊数不明!」
「ボース粒子の増大反応!攻撃来ます!」
勧告する間も無く、敵対行動を示してきた所属不明艦。コウは、それを身じろぎ一つせずに見つめている。
「始まった・・・か。」
誰にも聞こえない程小さな声で、コウは呟いた。
「緊急回避!」
警戒態勢をとる前にルリの判断で敵の攻撃を回避。対ショック体制も万全ではなかったため、ブリッジの人間も回避行動の衝撃に身を揺らす。
コウは立ったまま揺れをものともせずに敵艦を見据えていた。
「回避成功。」
「あっぶねーなぁ!やっろう!!」
「ど、どうなってるんです?いったい・・・。」
「どうやら敵さん本気みたいです。どうしますか、艦長?」
コウはすばやく艦長席に座ると、迷う事無く指示を下した。
「完全な敵対行動ですね。総員戦闘配備。艦内警戒態勢パターンAに移行。」
「えっ・・・・でも、大丈夫なんですか?攻撃しちゃって。」
「仕方ないです。」
「やらなきゃやられるのに、黙ってるこたぁねえさ。」
コウは、左コブシをを握りこむ。ゴキゴキ、と金属音のような音を鳴らした。
「・・・?」
ルリはその音が僅かに気にはなったが、すぐに当面の敵に向き直る。
「このコウ・アスターに喧嘩売ってきたんだ。当然、駆逐する。」
ぼそり、とコウは呟いた。
「艦長!」
目の前にウリバタケの顔がアップで映し出される。
「げふ。」
「あんだぁ?」
「(暑苦しい顔をどアップで見せるな)いえ、どうしました?」
「エステはリョーコたちのしか出せねえぞ?サブと艦長のはまだ調整中だ!もともと訓練航行のつもりだったからな・・・。まさか戦闘が始まるとは想定してなかったんだ。」
「3機出せれば十分です。」
「すまねえ。」
それだけ言ってウリバタケは通信をきった。
その間に敵艦は多数のジョロを吐き出してきた。
「敵艦数は3艦です!ジョロ、こちらに向かってきます!」
「イズミ機アマノ機の2機でこちらに向かってくるジョロを排除してください。こちらから追撃する必要はありません。」
「はいは〜い♪」
「・・・了解。艦長に呼ばれて一言・・・・何か用かい?」
「おい!俺はどうすんだよ!」
リョーコのコミュニティがどアップでコウに迫る。しかしコウは涼しげな笑顔を浮かべたままだ。
「あなたを出すと思いっきり敵さんに突っ込んでこうとするでしょう?」
「ぐ・・・あのぐらいの敵、俺様にかかればあっという間に倒してやらぁ!」
「というわけで、お二人さんお任せします。」
「かしこまりましたぁ!ごめんねぇ、リョーコちゃん!」
「ぐっそう!コウ、てめえさっきの腹いせじゃねぇだろうな!」
収まらないリョーコは、なおもコウに食いついてくる。コウは軽く肩をすくめた後、真剣な表情でリョーコに向き直った。
その目は、あのリョーコを黙らせるほどに鋭いものだった。
「スバルさん、つつしんでください。エステは3機。いざというときのために、全機出す訳には行かないでしょう?」
「・・・・・・う。」
「そうそう、俺のエステが動かせればいざって時にはすぐリョーコを助けに行ってやるけどさぁ。」
「う、うるせぇ!!サブ!黙ってろ!」
「おお、こえ♪」
「2機で十分作戦遂行できます。一番戦力を温存できるなら、当然そうするべきでしょう。」
「ち・・・わかったよ!今回だけは呑んどいてやらぁ!」
リョーコが通信を切る。コウはまるで何事もなかったように指示を出した。
「イズミ機、アマノ機が艦付近のジョロを掃討次第、グラビティブラストを発射。敵艦隊は確実に沈めて下さい。残ったジョロ達をエステで叩きます。」
「了解。」
あっという間にジョロをナデシコから遠ざけるイズミとヒカル。それを見てコウは指示を出した。
「イズミ機、アマノ機、アサルトピットでジョロを牽制しながらグラビティブラストの射程範囲外へ離脱してください。ルリちゃん、2機が退避次第発射できるように。」
「了解しました。」
ハーリーが報告をする。
「イズミ機、アマノ機、離脱完了!」
「グラビティブラスト、発射!」
漆黒の宇宙を切り裂くような閃光が敵艦を飲み込んでいく。僅かに残ったジョロをイズミ達が落とした。
「敵、完全沈黙。」
「戦闘領域内に敵機影、確認できません!」
「エステバリスを回収。念のために艦内警戒態勢はパターンBを継続したままで。」
「了解。やるねぇ艦長。ほんと初陣とは思えねぇわ。」
「特に大尉を説き伏せたのが凄かったです。」
サブロウタとハーリーが次々にコウをねぎらった。
「ほぅ、そりゃどういう意味だ?ハーリィ・・・・!!!」
「ひぃぃっ!ななななな、何でもないです!さ、サブロウタさ〜ん、助けてくださいよぉ!!」
リョーコのコミュニティから逃げ出し、サブロウタに助けを求めるハーリー。
「おわっ、こっち来るなハーリー!俺を巻き込むんじゃねえ!!」
追い返そうとするサブロウタ。
「そんなぁ〜!サブロウタさんは大尉専門じゃないですか!!」
「んなっ・・・・・んだとハーリー!!!!!てめぇぶっ飛ばされてぇか!!////」
リョーコのコミュニティに追い掛け回され、ぐるぐるとブリッジを駆け回る2人。
そんな騒ぎをよそに、ルリがややこわばった表情を向け、コウに話しかける。
「お疲れ様でした、艦長。」
ルリは、相変わらず冷静にねぎらった。しかしその顔には笑顔はなかった。これから予測しえる事態に思いをはせているのだろうか?
それはコウも同じだった。
「だけど、いったいあれはなんだったんでしょう?」
結局リョーコにサブロウタ共々お説教をくらったハーリーが、ようやく立ち直って口を開いた。
ハーリーの疑問は最もだった。誰もが抱いていた疑問だった。
「ありゃどう考えても木蓮のヤンマ級戦艦・・・おまけにジョロまで。」
「あの無人兵器の群れは確かに火星戦争を思い出させますなぁ・・・しかしですよ、艦長。」
「・・・。」
プロスペクターがメガネの奥でその目を鋭く光らせた。その眼差しはいつものお茶らけた表情と一線を画していた。
それだけ事態の深刻さを物語っていた。
「万が一誤認だったとしたらこれはちと困ったことになりますぞ?」
「誤認ったって・・・そりゃ通らないでしょ?あれだけやってきたんだ。ジョロまで繰り出してんすよ?」
サブロウタが反論する。彼の言うことも最もだった。が、正論が通用しないこともしばしばあるのが軍でもあった。その事はサブロウタもよくわかっていたからこそ、いやな感じは否めなかった。
「しかし無人兵器の件に関しましては、ユーチャリスのように利用しようと思えばこちら側でも利用できるものですし・・・。」
「・・・・・・。」
ユーチャリス、という言葉にルリが僅かに反応する。
「・・・どうか、しましたか?ルリちゃん。」
「あ・・・いえ。とにかく宇宙軍本部に連絡をしておきましょう。ハーリー君、よろしく。」
「はい。」
「場合によっては始末書だけではすみませんぞ?」
「ま、責任は僕が負いましょう。」
ニコリとプロスペクターに言い放ち、まるでどこ吹く風で平気な顔をしているコウ。
「艦長の行動は出来る限りの最大限の指示でした。そのことは私達が保証します。」
ルリがコウのことをそうかばった。あるいは本心だっただろう。
「そーそー、ありゃ正当防衛の不可抗力。だいたい向こうが攻撃してきたんだから、文句言われる筋合いないっしょ?」
「それに敵は無人艦ですしね。」
サブロウタとハーリーも同意見だった。しかし、それを判断するのは本部の役目であり、彼らの裁量ではどうにもならないことだった。
「それがせめてもの救い。万が一人的被害など出した日には保証金やら遺族へのお見舞金やら・・・・ぞっとしますよ。」
艦内はにわかに重たい空気が流れた。ハーリーが宇宙軍通信司令室に連絡を入れる。直ちに本部に連絡が入れられる。その間ナデシコの面々は待機しているしかなかった。
そんな重苦しい雰囲気の中、コウが口を開く。
「プロスペクターさん、軍本部でも即刻議題に上げて対応策を提案してくるだろうが、それまでどのくらいかかりそうなんですか?」
「そうですなぁ・・・事が事だけに、どんなに早くても一時間余はかかるかと・・・推測ですが、はい。」
「しまった・・・。」
コウは、深刻な表情で呟く。
「どうかしましたか、艦長?」
ハーリーは聞き返す。これ以上なにか問題が起これば本当に懲罰対象になりかねない。ハーリーはにわかに動揺していた。
それはブリッジにいる人間皆が感じていたことなのかもしれない。
「さっきホウメイさんのところで昼飯食べてくればよかった。おなかぺこぺこだよ。」
「どは!」
おもわずずっこけるハーリー。
「のども渇いたし。あ、今から食べに行こうか?」
「な、何言ってるんですか!!艦長は現状待機に決まってるじゃないですか!!場合によったら首になっちゃうかもしれないんですよ!」
「ハーリー君!」
「あ・・・。」
そう、一番責任をとらされるのはだれあろうコウである。ハーリーはハッとしてコウの座る艦長席の方を見る。しかし、そこにコウの姿はなかった。
「あ、あれ?艦長・・・うわぁ!!」
いつの間に移動したのか、コウはハーリーの後ろにまわり、その脇腹を両人差し指でついた。思わず奇声をあげるハーリー。
「な、なにするんですか!!艦長。」
「ははは、かたいなぁハーリー君。君の言ったとおりだよ。」
「え?」
コウは極力明るく話しかけた。
「つまり、首になるとしたら、この僕だ。ナデシコ自体はまったく問題はない。ま、減俸位はあるかもだけどね。」
「か、艦長・・・。」
「君が責任感じることはないんだよ。」
「そ、そんな・・・。」
うなだれるハーリーの頭を、コウはぐしゃぐしゃと乱暴になでてやる。ルリ達は黙ってそれを見守っている。
「うわわっ!」
「まあ宇宙軍がだめならまた就職活動のやり直しさ。そんだけのことだよ。」
「艦長・・・そんな事、絶対無いですよ!艦長は間違ってなかったはずです。ナデシコのとった行動は、間違いなかったはずです。」
「なぁら何にも心配いらないね?どんと構えてなさい。」
「あ・・・。」
「ね?」
「は、はい!!」
ハーリーは笑顔でうなずいた。
結局コウの思い通りの言葉を引き出すように乗せられたハーリーだったが、それでも少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
コウはにっこりと笑うと、再び自分の席に戻った。そしておもむろにコミュニティを開く。あいてはウリバタケだ。
「おう、どうした?」
「あ、ウリバタケさん。おおよその状況はわかってますか?」
「ああ、そりゃな・・・。」
「じゃあ話が早い。あなたに頼みがあるんです。」
「ん?なんだ?なんでも言ってみろ。」
「実は・・・。」
「おう!」
コウに何か考えがあるのだろうか?思わずブリッジの面々が固唾を飲んで次の言葉を待った。
「・・・缶コーヒー買ってきて。のど渇いちゃって。」
どたたっ!!
再びずっこけるハーリーと、ウリバタケ。
「いやぁ、艦長としては現状待機中だからブリッジ離れるなって、ハーリー君がいじめるんですよ。」
「ぼ、僕は一般論として...。」
「知るかっっ!!大体俺様はおめぇのぱしりか!?あ?」
「あ、僕とサブロウタさんのエステが出れればなあ!!敵さん撃破せずに取り押さえる策も立てられたのになぁ!」
「・・・てめえ・・・・・・・・意外といい根性してんなぁ?」
「だって、猫かぶってても意味ないんですもん、このフネの人たち。せっかく軍艦だっていうから、気合入れてお芝居してたのに。あ、ブラックでよろしく。」
「・・・・・・・・・・はい。」
サブロウタは大笑い。他からも失笑が聞こえてくる。ブリッジの雰囲気はいつの間にか明るいものになっていた。
「あ、それとルリちゃん。」
「はい。」
こんな場面でもクールに返事をするルリ。そういう性格なのだろう。コウは大分なれたのか、もう気にも留めずに指示を出した。
「艦内の警戒態勢を解除。ここは僕と常駐クルーを残してさがって貰っていいですよ。どのみち、本部で決議が出るのはまだ大分時間が要るんだからね。」
「・・・了解。艦内の警戒態勢を解除。クルーの皆さん、現在ナデシコは最終防衛ライン内で待機中です。こちらから指示があるまでは自由にしていてください。」
艦内放送で全クルーにそう伝えるルリ。ブリッジの人たちも少し戸惑ったが、コウの「艦長命令。」の一言で各自散会した。
「あの、ほんとにいいんですか?」
「ああ、ハーリー君もサブロウタさんも食事でもしてきてください。ルリちゃんも衛星軌道の関係各所に待機中の旨報告したら休憩してもらっていいからね。」
「・・・はい。」
「そうっすね。じゃあ、お言葉に甘えて・・・しっつれいしま〜す。ほら、ハーリー行くぞ。」
「は、はい。お疲れ様です!」
促すサブロウタ。コウのみなに気を遣わせまいとしている気持ちを汲み取っていたからだ。特にハーリーに対して。
ハーリーは一礼してブリッジを出て行った。
ほとんどのクルーがブリッジを離れ、現在は上部デッキにはルリとコウだけだった。
「・・・お疲れ様でした、艦長。」
「え?やっぱ首?僕。」
「・・・それは知りません。そうじゃないです。」
「そんな事ないですくらい、言ってくれたって。」
おどけてみせるコウ。しかしそんな姿にもルリは真剣な表情を見せる。緊張をほぐしてやるために必要以上に軽く見せていたコウも、ルリにはそれを必要としなかった。
「ハーリー君に責任を感じさせないようにしてくれたんですね。」
「・・・・。」
「やさしいんですね・・・艦長は。」
「そんなんじゃないよ。」
そっぽを向いてしまうコウ。
その姿を見て、ルリは微笑んだ。
「でも、どっちがお芝居の艦長なんですか?」
「さぁ・・・ね。」
「・・・。」
「どっちもかもね。」
「そう、ですか。」
そう話したコウの眼差しは、ほんの僅か遠い遠い場所を見つめていた。
しかし、それもすぐにルリの方を向き直る。
「今は、まだ・・・。」
「え?」
「自分の中の大切なものをさらけ出すには、お互いを知らなすぎるのかもしれないね。」
「・・・。」
会ってまだ数時間。無理もない話だった。
「でもいつか・・・・。」
「・・・いつか?」
「話せると・・・話せるような仲間になれると・・・・いいね。」
ルリもうなずいた。
「・・・はい。」
あくまで冷静なルリ。しかしその姿は努めて冷静にしているようにも見えた。
あるいはそれはルリなりの照れ隠しだったのかもしれない。
「そのためには、首にならないよう祈るばかりだ。」
「そうですね。」
肩をすくめて見せるコウに、ルリは笑った。
「うん、やっぱ女の子は笑ってる方がいい。」
「えっ?」
「女の子に暗い顔は、似合わないからね。」
「あ・・・。」
ルリは、先程の事を思い出した。
「しかし無人兵器の件に関しましては、ユーチャリスのように利用しようと思えばこちら側でも利用できるものですし・・・。」
「・・・・・・。」
ユーチャリス、という言葉にルリが僅かに反応する。
「・・・どうか、しましたか?ルリちゃん。」
「あ・・・いえ。とにかく宇宙軍本部に連絡をしておきましょう。ハーリー君、よろしく。」
「・・・艦長。」
「ん?」
「あ・・・・いえ。・・・・ありがとう。」
「・・・・ん。」
コウの笑顔は、優しかった。ルリはその笑顔に、記憶の中の懐かしい笑顔を重ね合わせた。
それは、コウに会ってから何度か感じた郷愁だった。
(やっぱり、この人の笑顔は・・・・・似ている・・・・・・・・。)
「それにそっちのほうが可愛いよ。」
「!・・・・・・・・・・・・・ばか///。」
「サブロウタさんもハーリー君もそう思うだろ?」
「・・・!」
そうドアにむかって叫ぶコウ。
「ええ・・・うわわっ!!」
「わ、ばか・・・。」
驚いて自動ドアのプッシュボタンを押してしまったハーリーが、サブロウタと一緒にブリッジに倒れこんだ。
「いてて・・・ハーリー、馬鹿お前なぁ!」
「だからやめようっていったじゃないですかぁ!思いっきりばれてたじゃないですか。」
「おーおー、よく言うぜ。ホシノ少佐を艦長と二人っきりにするのが心配だったくせに。」
「@*#%&!!ぼ、僕は別にそんな・・・艦長もルリさんも信じてますし・・・・大体、何を心配なんて・・・!」
言い争いを始める二人。コウは笑っていたが、もう一人は違った。静かに二人に近づいていく。しかしそのことにまだ二人は気付いていない。
「・・・二人とも、盗み聞きしてたんですね?」
「「びくっ!!!!!」」
えも言わせぬルリの迫力の前にたじろぐ二人。床にはいつくばったままルリを見上げる。
「・・・お仕置き、ですね。」
「へ?」
「お、お仕置き?」
(なんとなくドキドキする台詞だな・・・。)
コウは思ったがクチには出さなかった。出せば一緒にそのお仕置きとやらに加えられそうだったからだ。
「・・・二人とも、減俸一ヶ月です。」
「「ええ〜〜〜〜〜!!」」
「そ、そんな事勝手に決めれるんデスカ?」
コウは引きつった笑顔で聞いた。
「立ち聞きは立派な軍規違反です。そのぐらいの職権あります。ご心配なく。」
(心配なのはそっちの二人だけど・・・黙っておこう。)
「か、艦長〜〜。」
苦笑いで助けを求めるサブロウタ。ハーリーは泣いているが。
「軍規違反じゃ仕方ないですね。(職権乱用って気もするけど。我関せず)」
二人に目を合わせないように言うコウ。
「ひで!!いま切り捨てただろ?」
「人聞きの悪い・・・最初から僕は関係ないでしょう?」
「そうです。コウさんは関係ないです。助けを求めても無駄ですよ?」
そう言ってまるで印籠を出した水戸黄門のように立ち塞がるルリ。諦めて覚悟を決めた悪代官のようにうなだれるサブロウタとハーリー。
(・・・・ん?今“コウさん”って言われた?・・・・・ま、どうでもいいか。)
その時、メインディスプレイに通信指令本部から入電が入る。そこには一人のいかつい軍人が映し出された。
宇宙連合軍総司令、ミスマルコウイチロウであった。
To
be continued