DC版 機動戦艦ナデシコ NADESICO THE MISSIONN SS
――君の光に――
Chapter
1---着艦
―――ネルガル重工社長室。
「そうかい、それじゃあ予定通りアスター君は出発したわけだね。」
執務室然としたその部屋で、髪を両分けにしたスーツ姿の男性が深々と椅子に腰掛けて女性からの報告を確認する。
「はい。」
女性は端的にそう答えた。年の頃は20台後半と言った所だろうか。やり手のキャリアウーマン、と言った風貌からは自分の仕事に対する自信が垣間見える。
「それでは少々こちらの計算より早まってしまったが、予定通り計画を進めるようプロス君にも伝えておいてくれたまえ。」
「かしこまりました。・・・会長、今回の計画“彼”には・・・?」
「伝えるわけにはいかないさ。今回の計画を教えないのがアスター君との約束でもあるしね。何より、今はまだ動いてもらっちゃあ困るからね。」
女性は少しだけ眉をひそめた。その顔には“彼”と呼んだ人物への憂いが感じ取られた。
見た目とは違い、感情を収めることにはあまり長けてはいないようだった。
会長と呼ばれた男性はあえてその事には気付かない振りをして会話を続けた。
「あ、エリナ君。もっちろんナデシコの皆さんにも内緒だよ♪」
エリナと呼ばれた女性は再び眉をひそめる。ただし今度は目の前の男への不信からだ。
「・・・そのうち刺されますよ、会長。」
「いやぁ、女性に刺されるんだったらぜひ二人っきりでベッドの上にしたいものだねぇ!」
「霊安室のベッドでしたらいつでも空けておきますけど?」
「さ、最近僕に対する風当たりが厳しいような気がするのは気のせいかなぁ・・・。」
エリナの厳しい一言に苦笑する会長。エリナも微笑しながら言った。
「ご慧眼ですわ、会長。」
「あ、そう・・・・・・・・。」
エリナの目は、笑っていなかった・・・。
「ああ、それと・・・。」
退室しようとしたエリナを引き止めて、会長―アカツキが思い出したようにもう一つの伝令を言付けた。
「イネス君とエルト君のほうは順調なのかい?」
「その件でしたら、近々よいご報告が出来そうだとのことです。」
「そうか。うん、じゃあ任せよう。よろしく頼むよ。アスター君との随時経過報告の交換も忘れずにね。」
「了解しています。」
人使いの荒い。その言葉を飲み込んで、エリナは社長室を後にした。
エリナが退室し、一人になった部屋でアカツキが呟く。
「まあエリナ君には悪いけど、煙幕代わりになってもらいますか。」
それはディスプレイに向かって語りかけたものだった。
「で、計画通りでそちらも納得してくれてるんだよね?
修正案も呑んだんだし、こっちは持ち駒はたいてるんだから、今更ハシゴ降ろすような事されちゃあ困るよぉ?」
「わかっている・・・。ただし現場レベルでのトラブルには関与しない。それは認識しておいてもらおう。」
「OKOK。その辺は了解してるよ。」
「しかしあとでエリナ君には怒られるだろうなぁ・・・・。」
そう言ってアカツキは苦笑した。
所変わって、地球静止衛星軌道上。
「お、見えてきたぜ艦長さん!」
運搬用シャトルの操舵士がそう告げる。コウはそれをモニターで確認した。
―――――ナデシコB。コウが艦長候補生として乗り込む船だ。
「サンキュ。あんたみたいな気さくな人で助かったよ。これから堅っくるしい軍艦乗ると思うと憂鬱だったんだ。」
コウは操舵士に地球からの送迎の労をねぎらった。
お喋り好きで口が悪いが、気のいい男であった。コウにとっては気楽な時間を過ごせた。
「いやいや、こっちも艦長さんみたいな人で助かりやしたよ!オレも楽しかったよ。おかげで退屈しやせんでしたっ。」
「僕もさ。けど艦長は気が早い。今回は訓練航行!艦・長・候・補・です。」
「なぁに、同じ様なモンじゃねえですか!オレぁすぐとんぼ返りだが、頑張ってきてくだせい!」
「もちろん!」
間も無くして、シャトルはナデシコに着艦した。掛けられたはしごを降りようとしてふと立ち止まり、コウは振り返った。
「そういやぁあんた、名前は?」
「俺ですかぃ?ホール・マキトってんでさぁ!」
「そうか。ホールさん、ありがとう。本当に楽しかったよ。」
そう言って右手を差し伸べるコウ。ホールはにっこりと笑って握手を交わした。
「帰ってくるときぁ連絡しな!!最優先で迎えに行ってやるよぉ!」
「期待して待ってるよ!」
離船するシャトルの轟音に飲まれそうになりながらそれだけ言葉を交わすと、シャトルはすぐに地球に戻っていった。
コウはそれを満面の笑顔で見送った。
「さて、よろしいですかな?」
コウの後ろで、シャトルが去るまで話しかけるのを待っていた金縁メガネの男が声を掛けた。
先程までの弛緩した気持ちを切り替え、コウは振り向いた。既に笑顔は無かった。
「お待たせいたしました。」
(このオッサンは・・・たしか、プロスペクターとか言ったっけ・・・?)
「ナデシコBへようこそ。お待ちしておりました、コウ・アスターさん。」
言い終わるが早いか、突然館内に警報音が鳴り響き、立体ウィンドウが開く。
緊急警報―――。
ナデシコの中枢コンピュータ・オモイカネがディスプレイ越しに警戒を促した。
「おやおや、いきなりですか・・・。ここは一つ艦長候補生のお手並み拝見と行きますか。」
目の前の男、プロスペクターは慌てる様子も無く、敵の掃討を着艦したばかりのコウに委ねると言う。
万が一にもナデシコが堕ちる事などないという自負か、いざと言うときは指揮権を現艦長に委譲すればよいと考えてのことなのかもしれない。
(ここでは僕の一挙手一投足が試される。驕らず、臆せず、堂々と。そしてミッションを完遂する。
まずはここでの信頼を得ること。全てはそこから・・・だ。)
ブリッジに急行する。既に警戒態勢は出来ていた。後は指示待ちと言わんばかりだ。
「ボース粒子増大中!」
副長補佐のマキビ・ハリだ。
この艦に乗船している人間の名前は事前に把握していたコウは、第一声を挙げた人物のほうを見てすぐさま確認した。
「前方に重力波反応。敵艦隊ボソンアウトしました。」
ホシノ・ルリ。彼女のことはコウでなくても知っていた。先の火星の後継者との一戦でも活躍したいわゆる有名人だ。
(確かこの2人は“マシン・チャイルド”とか呼ばれる遺伝子操作の結晶・・・。
マシン・チャイルドか。・・・ちっ、不愉快な呼び名だ。)
「敵艦数は不明!」
元木蓮のタカスギサブロウタ。ナデシコの副長にしてエステバリスのパイロット。ナデシコBではホシノ・ルリに次ぐ主力メンバーだ。
「どうしますか?艦長。」
――――――白。
全身からそれを連想させる少女は、極めて冷静にコウに指令を求めた。
その表情から感情を読み取ることはできなかった。
「そうですね。当該艦隊は識別信号も発信せずに再三に渡る勧告も受け入れる様子が無い。よって、これを敵艦隊と認識し駆逐します。
まずは状況を把握したい。可能な限りの索敵をし、情報を卸してください。」
「了解しました。それでは当該艦隊を敵艦と認識し、戦闘に入ります。 艦長、初めてですよね・・・実戦。」
(そういえば、そういうことになってるんだったなぁ。迂闊な事は喋らない様にしないとな。
まあ艦長職に就くのは初めてなんだし、嘘ではない・・・かな?)
「そうですね。有用なフォローとバックアップをお願いします。・・・行きましょうか。」
「・・・ナデシコ、発進!」
艦長席に座り、眼前の宇宙を見渡す。再び軍に身を投じることになるとは思っていなかった。
しかし、コウにとってはその事自体はどうでもいいことだった。
大切なことは、ただ一つ。
果たさなければならない誓いもまた一つ。
その思いが一切の迷いは振り払う。
「これより戦闘領域に入ります。敵戦力分析中・・・どうやら敵艦はカトンボ一隻の模様です。」
ホシノ・ルリが敵艦の情報を報告する。本来、艦長職を勤めるのは彼女になる。さすがに落ち着き払ったその挙動には、16歳の少女ながら威厳さえ感じさせた。
「これぐらいの相手でしたら正面から行っても楽勝ですな。」
(確かに。しかしそれだけに解せない。)
プロスペクターの言うことも最もだった。しかし逆にコウの疑心を生む結果となった。
それは時間にしてほんのコンマ数秒だろう。
高速回転をするコウの頭脳が一つの推論を導き出した。
(僕を試そうとしている・・・?成る程、ならここは優等生であるところを見せとかなきゃな。)
お堅い軍の訓練艦。そういう考えがコウの頭にはあった。
そんなフネで信頼を得るにはトリッキーな作戦は極力控え、安全で確実な戦略を組み立てるべきだという考えだったのだ。
(あの敵は・・・恐らく撒き餌。なら・・・。)
「うん。正面からミサイル攻撃でいいでしょう。近づきすぎて敵艦の反撃を受けないように。射程範囲に入り次第、攻撃を行ってください。」
「了解しました。」
「それと、戦闘領域内の索敵を怠らないように。増援もありえます。」
ルリはわずかにコウのほうを見た。コウの的確な指示は一介のエリート候補生には思えなかったのだ。
「ハーリー君。」
ルリはコウの指揮に影響が出ないようにすぐにハーリーを促す。
「は、はい。」
バックアップの必要も無いかもしれない。そう、ルリは思った。
プロスペクターの言うとおり、あっさりと敵機を撃破。
しかしその直後に敵機の増援。
やはり最初のカトンボは囮であったようだ。
「敵機増援確認!ヤンマタイプ2隻あらわれました!」
「・・・・・・。」
プロスペクターはメガネを中指で直す。その姿はコウを観察をしているようだった。いや、事実観察しているのだろう。
「おやおや、まだ他にもいましたか。艦長の仰るとおりでしたねぇ。」
まるで他人事のように言うプロスペクター。
(狸・・・。)
コウは思ったが、口には出さなかった。
今度はヤンマが2機。それぞれ別の方向から繰り出してきている。
「戦術の基本は各個撃破。後方の敵機のほうが近いので、そちらから処理。その後もう一隻にあたります。」
「相転移エンジン出力75%充填完了。グラビティブラスト発射準備ととのいました!艦長、いつでもグラビティブラスト行けます。」
ハーリーの一声にも、しかしここではグラビティブラストを温存するコウ。
「船首を後方に向けてください。ただし、攻撃はミサイルのみ。」
「了解。」
ルリはすぐさま敵機を正面にロックオンした。
土台戦闘能力が違いすぎる。後方の敵、右からの敵ともあっという間に駆逐した。
「敵艦隊反応消滅・・・全て撃破。」
「素晴らしいですな!」
わずかに息をつくコウ。しかし、コウの考えどおりならばまだこれで終わりではないだろう。
(いくらなんでも歯ごたえが無さ過ぎるな。まだ・・・来るか。)
「敵増援確認!宇宙軍のエステバリス重武装フレームです!」
予測通り新手の増援。今度はエステが相手になる。
「小回りが利く機動兵器に対して戦艦は不利です。注意して下さい、艦長。」
そう警告するルリのほうをチラッと見ると、コウは軽く笑う。
それは、自信から来る笑みではなく、心配しなくても大丈夫、そう言っているようだった。
(平気さ。こんな所でつまずいてる訳には行かない。そうだろ、エルト?)
「・・・・・・・。」
その笑顔に、なぜかルリは不思議な懐かしさを憶えた。
更に敵機の情報が入る。
「敵増援更に確認!先程のものと同型機。重武装フレームです!」
「2機目が出現ですと・・・!?・・・これはまずいですな。艦長。」
しかしコウは慌てずに指示を出す。
「やはり近場からです。確実に仕留めます。グラビティブラストを使用。」
「エステ一機にですか?!」
グラビティブラストは本来広範囲攻撃でこそ威力を発揮する。敵機一体一体に撃つ事など考え難いのだ。
しかしコウは平然と決断した。
「粛々と指示をこなすように。マキビ少尉。」
「え?あ、はい!敵艦を正面に捕らえますっ!」
突然自分の名前を呼ばれ動揺するハーリー。まさか自分の名前を知っているとは思わなかったからだ。
コウはあえてハーリーの動揺を誘った。しかしわざわざ動揺を誘ってもハーリーに焦りは微塵も感じられない。
他のクルーを見ても随分と落ち着いている。
コウは自分の考えを確信した。
「敵艦をロックオン。」
再びルリが敵艦をロックオンする。
「・・・グラビティブラストを射出。」
スペースデブリを巻き込み、一気ににエステを掃討。
もう一機のエステも接近戦に持ち込ませずに遠巻きにミサイルで撃破。
と、突然目の前に次々とウィンドウが広がる。
[くりあ] [よくできました] [合格] [成功] [撃破] [○]
オモイカネがミッションクリアを伝えた。
(しかしやけに庶民ズレしたコンピュータだな・・・。)
コウの艦長としての初陣は、コウの予想通り模擬戦闘であった。
To
be continued
管理人の感想
随分と早い投稿、お疲れ様です。
さっそく感想ですが、アカツキ・・・エリナに主導権握られてるのか、握ってるのかよくわからないですね(笑
まあそれでこそあの2人っぽいですけど。
そして、最後に出てきたオモイカネもいい感じです。
コウは艦長候補生ということは、エステには乗らないんですかね〜。
少し残念ですが、艦長が、いくら候補生とはいえ艦から離れるわけにはいかないですし。
ルリたちとの会話が少ないのは、戦闘メインだと仕方のないことでしょう。
次回のキャラたちのやりとりに期待しつつ、次の話を待ちます。