小鳥たちが、朝日が朝を告げる。
少し開いたカーテンから朝日が洩れている。
「…う」
彼女、川澄舞の朝は、意外に遅かった…。
川澄舞の日常
彼女の朝は起こされることから始まる。
何故朝が弱いかは、夜の学校に忍び込み、遅くまでいた頃の名残かもしれないが、
今は関係のないことだ。
「おい、舞。起きろ、朝だぞ」
「……すぅ」
「こらっ、二度寝するな、起きろ!」
彼女は決して某少女のように朝が激しく弱いわけではない。強いわけでもないのだが…。
なのに彼女が遅い理由、それは他の3人が早いからだった。
「……おはよう、祐一」
「おう、おはよう、舞。佐祐理さんが朝ごはん作って待ってるぞ、早くこいよ」
「…ん」
彼女の同居人は、相沢祐一と倉田佐祐理の3人である。
3人はともに同じ大学へ通っている。
舞と佐祐理が2年。そして、祐一が1年だ。
昨年高校を卒業した祐一が、ようやくここへやってきた。
彼が以前居候していた水瀬家を出る際に色々あったらしいが、それはまた別の話だ。
「舞、おはよう〜。やっと起きたんだね」
「…おはよう、佐祐理」
彼女こそがここの大黒柱的存在の、倉田佐祐理だ。
他の2人が料理が出来ないので料理は一切を彼女が受け持っているし、
家事も大半が彼女がこなす。本人曰く好きなことだから大変ではない、らしいが…。
舞と祐一も手伝いはするが、彼女ナシでは2人はどうなるかなど、目に見えていた。
「舞、お前ももう少し早く起きて手伝いくらいしろ」
「くすっ、祐一さんこそ、最初来たばかりの頃に比べると、起きるのが少しずつ遅くなってる気がしますけど?」
「…はちみつくまさん。祐一もすぐ私みたいになる」
「それは威張れることじゃないだろ…」
家事から朝食の準備などをしなければいけない佐祐理は、結果的にものすごく早起きになっていた。
その音に気がつき、ようやく祐一が起きてきて手伝いをする、というのが最近の日常だが、
少しずつ慣れてきていた祐一は、朝起きるのが遅くなっていた。
一年前の彼女が祐一と同じ状態であったため、彼女にはよく分かっていた。
「それじゃ、早くいただきましょう」
「…はちみつくまさん、お腹すいた」
「はいはい。全く…、舞は食いしん坊だな」
「あはは〜、それは今に始まったことじゃありませんよ〜」
「…2人とも酷い」
「きゃあきゃあ」
「おい、舞痛いって…」
ポカポカとチョップで、顔を真っ赤にしながら叩く舞。
それを嬉しそうに受ける2人。
これが彼女らの朝の風景だ。
「佐祐理さん、これおいしいですよ」
「それはよかったです」
「…はちみつくまさん。佐祐理の料理は世界一」
「も、もう、舞ったら褒めすぎだよ〜」
「そんなことないですって。特にこの玉子焼きなんて絶品です」
どつき合いも早々に朝食を取り始めた3人。
座る位置はそのたびに変わる。
今日は佐祐理と祐一が並んで座り、祐一の正面に舞が座っていた。
「…隙アリ」
舞の目が怪しく光る。そして、手が高速で動いたかと思うと、瞬く間にその手は祐一の玉子焼きをつかんでいた。
そして、すぐに口に運ぶ。
「ああ! それは俺の…」
「…油断してる祐一が悪い」
本当に残念がっている祐一。
これもいつもの風景だが、これが逆になることはなかった。舞の技量の賜物であろう。
「あはは〜、2人ともまだおかわりありますからね〜」
「よっしゃ、食うぞ〜」
「…はちみつくまさん」
そして他愛無い世間話をしながら、彼女らの朝食はゆっくりと過ぎてゆくのであった。
身支度を済ませた3人は、早々に学校に向かっていた。
少し距離があるが、歩いて大学へと向かう3人。こんな時間も、舞からすれば幸せなひと時である。
現在祐一が教習所へ通っているので、彼が免許取得すれば車になるかもしれないが…。
「おっと、俺はこっちだ」
「はい、それじゃ祐一さん、頑張ってくださいね」
「…はちみつくまさん、居眠りしちゃ駄目」
「う…、痛いとこついてくるな、舞」
「あはは〜、祐一さんのことなら何でもお見通しなんですよ。ね、舞?」
そう言われると顔が真っ赤になる。
「…さ、佐祐理。私たちも早く行く」
「はいはい、分かったから引っ張らないで〜。それじゃ祐一さん、お昼に合いましょう」
恥ずかしさを紛らわすために佐祐理を引っ張りながら自分の講義室へ向かう。
それでも、最後に『…祐一も頑張って』と言う辺り、舞らしかった。
舞と佐祐理の受講科目は、ほとんど同じだった。
多少違っているところもあるが、基本は一緒だ。
2人があまり離れたくない、というのもあるかもしれないが、目指しているものが似ているというのもあるのだろう。
何を目指しているのかは、また次の話ということになるだろうが…。
「よし、今日はここまで」
その合図があると、講義室に瞬く間に活気が戻ってくる。
そう、昼休みなのだ。
「…佐祐理、今日こそは祐一を迎えに行く」
「そうだね、舞。急ごうか」
学年が彼女らの方が1つ上、ということもあるのかもしれないが、早く終わる祐一がいつも先に迎えに来ていた。
そのため、2人はいつか自分たちが祐一を迎えに行きたいと思っていた。
今日はその絶好の機会だった。何故なら講義が早めに終わったからだ。
2人は急いで荷物をしまうと、急ぎ足で講義室を出て行った。
今日は彼女らに軍配が上がりそうだった…。
昼食も、朝食と同じように済ませた3人は、のんびりと時間を過ごしていた。
何故なら、3人とも次の3時限目がなかったからだ。
今は授業中のため、広場には全く人がいなかった。
その広場に座る祐一。顔を真っ赤にしながら、祐一に膝枕されて横になっている舞。
その反対から同じように祐一に膝枕されて、幸せそうな笑顔を浮かべている佐祐理。
「いいお天気ですね〜」
「…はちみつくまさん」
「そうですね…」
その暖かな陽に包まれて、2人は眠りに落ちる。
その幸せそうな寝顔を見ながら、ゆっくりと時を過ごすのが、今のところ祐一の一番大好きな時間だった。
密かに舞が、祐一といつかこの立場を入れ替わってやりたい、等と思っていることは、当然彼は知らない。
近いうちにそうなるのだが、彼は知る由も無かった。
いつもは教習所へ行くので舞と佐祐理の2人で、夕飯の買い物へ行くのだが、
今日は講習のない祐一も加え、3人で買い物をしていた。
「今日の夕飯は何がいいですか?」
「…牛丼」
即答したのは、やはり舞だった。
以前は作れなかったが、舞のリクエストに答えるために勉強し、佐祐理はついに牛丼が作れるようになっていたのだ。
「おい、また牛丼かよ、舞」
週に2.3回は牛丼だった。さすがに祐一も文句の一つも言いたくはなるが、味が絶品で飽きが来ないあたり、たちが悪い、と彼は思っていた。
「…はちみつくまさん、祐一は荷物もちでお願い」
すると、早速佐祐理をつれて店内を歩き始める舞。
「お、おい。舞も持てよ!」
「…私は食材を選ぶものだから」
「あはは〜、それじゃあいいもの選ばないとね」
「…コクコク」
「はぁ…」
ため息をつきながらも後ろをついてゆく。
なんだかんだ言いながら、普段一緒に買い物できないので、元から自分で持つつもりではあったのだが…。
「…祐一、早く」
そう言う彼女の目は、最高に輝いていた。
彼女らの夕飯は、比較的早い。
早々に片付けた彼女らは、いつものように自由に過ごしていた。
その過ごし方は様々で、ここに一台だけあるPCにて、3人でネットをしたりもすれば、
一緒にTVを見たり、ゲームをしたり、極たまに勉強することもあった。
いずれにしても、3人一緒に何かをやる、ということには変わりなかった。
「だから、ここをこうすれば…」
「おお、解けた!」
今日はどうやら勉強のようだった。
「あはは〜、ここはまだ基本ですから、しっかり抑えてないと後が大変ですよ?」
「うぐぅ…」
しかし、3人ともではなく、今日はどうやら祐一を教えているようだった。
「…はちみつくまさん。授業はしっかり受ける」
「…そういうお前はどうなんだよ、舞」
「…私は祐一より真面目」
「だぁぁ! 今日はここまでだ」
ちょうどきりもよかったのか、教科書とノートを閉じる。
「舞、昨日の続きだ。今日こそは俺のほうが上だと分からせてやるからな」
「…はちみつくまさん、望むところ。返り討ちにする」
そう言って、TVの前に置かれたゲーム機へと手を伸ばす2人。
「私はどちらを応援しましょうか〜」
そんな佐祐理を他所に準備を進める2人。
そんな彼女が一番強い、ということは、2人としては一番突っ込んで欲しくないところであった。
舞と佐祐理が風呂に入っている間、祐一はいつも1人だ。
まあ、それは当然のことなのだが…。
以前、佐祐理が『祐一さんも一緒に入りますか〜?』等と言ってきたときは、それはそれで大事になった。
焦る祐一もそうだったが、舞が顔を真っ赤にし、風呂の中でのぼせてしまったのだ…。
それを見てびっくりする佐祐理。佐祐理の声を聞き、あわてて風呂に入ってしまった祐一。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
などという悲鳴が部屋中に響き渡ったのは、言うまでもない。
僅かに意識のあった舞が、風呂桶を投げ、祐一の顔にクリーンヒット。
そして、そのことで完全に意識を失った舞と、後ろに倒れ、頭を打って意識を失った祐一。
祐一としてももう思い出したくもない出来事だが、最後にくっきりと目に焼き付けた彼女らの裸体だけは、
忘れたくないと思ってしまう。
まあ男なら当然だ、と自分に言い聞かせ、回想をやめた。
ちなみに、佐祐理の発言が冗談だと分かったのは、後々のことだ。
その後意識を取り戻した2人と看病をしていた佐祐理がどうなったのかは、ご想像にお任せしよう。
「布団の用意だけしとくか…」
彼女らが出てくる前に、と急いで寝室へ向かうのだった。
朝が早い、ということは、必然的に夜寝るのも早い。
祐一を真ん中に置き、左に佐祐理、右に舞、というのがいつもの寝る際のポジションだ。
ちなみに、大きな布団に3人が一緒に入っている。その布団は特注なのは、言うまでもないだろう。
布団の中でまた話するのが常だ。
そんな他愛無い会話も、いつの間にかお開きになり、就寝となったが、舞だけは起きて、ずっと天井を眺めていた。
横を見る。そこにはぐっすりと眠る二人の姿がある。
そんな姿を見て、ふと恐ろしさがこみ上げてくる。
他でもない、その幸せを失ってしまうことへの恐ろしさが…。
剣を捨て、心をさらけ出した彼女は、いつもこの恐ろしさに苛まれていた。
時には泣き出してしまうこともあった。
しかし、そのたびに慰めてくれたのは他でもない2人だ。
だからこそ、失うことが恐ろしい。
それに、彼女は分かっていた。
2人を失えば、自分はきっと壊れてしまうであろうことを…。
いい意味でいえば、頼っている、とか、信頼している、といえなくもないかもしれない。
しかし間違いなく彼女のそれは『依存』であった。
そんなことははじめから分かっていた。しかし、それを受け入れてくれたのも、紛れもない2人なのだ。
そして、それと同時に、こんな幸せでいいのだろうか、などと考えてしまう。
「…佐祐理、祐一」
涙がこみ上げてくる。
いけない、2人を起こしてしまう、と必死に耐えようとする。
しかし、殺したのは声だけで、涙はボロボロと零れ落ちてくる。
あぁ、自分はこんなに弱かったのか、と思いながら必死に布団を握り締める。
「…舞」
ふと寝ているはずの祐一から、声がした。
「あ…」
確認しようと振り向いたところで、ぎゅっと祐一に抱きしめられた。
「…舞、いつも一緒だ……」
ドキドキする。胸が張り裂けそうだ。きっと顔も赤いに違いない。
そう思いながら、暖かい祐一の温もりを味わう。
「…祐一?」
小声で呟きながら顔を見上げる。しかし、祐一は寝ている様だった。
それが、寝ぼけての行動だったのか、寝たフリをしていたのかは、舞には分からない。
けど、それは問題ではない。
自然と心が落ち着いていることに気がついた。先ほどまでの感情は、既にどこかへ消えていた。
明日はいい日になりそうだ、などと思いながら、こちらも祐一を抱きしめ返す。
彼の匂いと温もりに包まれて、ゆっくりと眠り落ちていった。
こうして彼女のいつもどおりの一日は、静かに幕を下ろす…。
朝そのままの体勢で眠り続ける2人と、それを見た佐祐理の間で何があったのかは、
皆様のご想像にお任せするとしよう。
あとがき
雄「舞SSということで達太郎召還!」
達「呼ばれたら出て来る達太郎!」
雄「どうも、我がサイト2作目の舞SSをお送りしました」
達「自分が管理人になって初のSSが舞SSとは」
雄「舞と佐祐理さんがKanonメンバの中で一番書きやすい、というのもあるんだけどな」
達「そうなんだ」
雄「まあそんなことも踏まえつつ、前回は長いあとがきで苦情がきたので短く済ませましょうか」
達「うむ、苦情はないほうが良い」
雄「舞台は本編から1年と数ヵ月後になるのかな」
達「だな」
雄「ようやく高校を卒業し、3人での同棲生活が始まって間がないころの一コマだ」
達「三人で、同棲ってまずい気がするのは俺だけか?」
雄「…まあそれは暗黙の了解ってことでw」
達「まぁ、気にしないことにしようw」
雄「これまた製作時間1〜2時間と短い作品。特にプロットも立てず勢いに任せて書きました」
達「またかよ」
雄「書いてて思いつくままに書いてたらこんな内容に…。でも、それなりの量になってるっしょ?」
達「うむ、問題ない気がする」
雄「内容は、ほのぼのメインのシリアス風味となってますが、舞マスターとして意見を」
達「やはり照れてる舞は可愛いと」
雄「最後の抱きしめられてドキドキしてる場面なんて想像するとタマランのではないかと書いてて思ったたが」
達「書いてる本人は舞どうでもいいんですね」
雄「そんなことはないぞ、Kanonメンバの中では3番目に好きだ」
達「微妙な位置だな」
雄「一番香里、二番名雪の三番舞だ」
達「ふむ」
雄「とまあ内容に戻ると、前回の舞SSは計らずとも初代トキメモの名セリフを使用してしまったみたいだが、今回は特にはないはずだ」
達「ときメモなんてかなりメジャーな気がするな」
雄「ちなみに3のバットエンドしかやったことがないことを、ここに宣言しとく」
達「まぁ、後書きとしてはこんなもんだろな長さになってきたので締めとしようか」
雄「最後に内容について批評をどうぞ」
達「照れてる舞、相当に嫌いじゃない」
雄「批評貰ったところで今回はお開き。次のSSで会いまょう」
達「また舞SSに参上したい今日この頃」