<>

 

大切な日常

 

 

  その日もまた日は昇り、いつもと同じ朝が来た。

それは、いつもと変わらぬ日常でありながらも一日一日が着実に過ぎているという証拠でもあった。

しかし、彼の中ではそんな日常とは裏腹に、心の中の時計の針は同じ時間を刺している。それは七年前の今日のことだった。

 1998年10月1日、その日は平日で、彼はいつも通り1ヶ月前に結婚したばかりの彼女と同じ職場に出勤するはずだった。

しかし、その日彼女はふとした用事で急遽地元へ帰ることになったため、二人は別々に家を出て行くことになっていた。

「行ってきます、留守をお願いね」

「ああ、気をつけて」

そんなたわいもない会話を交わして彼女は地元へ、彼は会社へ行く準備を始めた。

 彼はどこにでも居そうな普通のサラリーマンだった。それこそ、どこにでもありそうな日常を送っていたが、

その時は間違いなく幸せを感じていたし、そんな日常に満足していた。そして、この幸せが続きますように、とありもしない永遠を願っている一人でもあった。

その日もいつもと同じようにそつなく仕事をこなしてゆく。昼を同僚と食い、再び仕事に戻ろうとしていたその時、彼の携帯へ電話がかかってきた。

知り合いが多いほうではなかったので、その時間帯の電話は珍しいなとおもいつつディスプレイを見る。そこには彼女の両親の名前が表示されていた。

何の電話だろう、と不審に思いつつ、同僚へ先に会社へ戻るように言ってから電話に出ることにした。

「もしもし・・・」

「あ、もしもし? いきなり申し訳ないんだけど、あの子がまだ着いてないの。何か連絡ない?」

後から考えてみるとその時が、幸せが、そして自分の中の何かが壊れた瞬間だったのかもしれない・・・。

 その場は、心配しなくてももうすぐ着きますよ、と彼女の両親へ告げて仕事へ戻ったが、時間にはきっちりとしていた彼女が時間通りについていないことに、

彼は嫌な予感がしていたが、仕事に戻ることにした。しばらくすれば彼女が実家へ着き彼女の両親から電話がかかってくると自分に思い込ませていた。

 いつもより早く仕事を切り上げた彼はすぐに彼女の両親へ電話した。そして、彼女は帰っているか、という彼の問いに帰ってきた言葉は、否定の言葉だった。

「彼女だってもう大人だ、数日待ってみよう」

落ち着いて話し合った結果、そういう結論に達した彼と彼女の両親はきっと連絡があると信じて3日待った。

その間、彼も彼女の両親も、彼女の知り合いなどに片っ端から電話するなど、精一杯の努力はした。しかし、彼女は結局見つからず、警察へ届け出て行方不明扱いとなった。

 カレンダーを9月のものから10月の物へと変えた。そこには二重丸で囲まれた今日の日付と、7年目という文字があった。

「はやいな、あれからもう7年か」

当時のままになっている彼女の部屋へと足を運んだ。食べ物類まではさすがに片付けたが、それ以外は触っていないため、片付いていた部屋であったが、

もうかなり埃が積もっていた。掃除しようかとも思ったが、その勇気が彼にはなく、結局腐るとまずい食べ物類を除いては触ることができなかった。

 彼女の部屋を眺めているとふと7年前の自分たちが見えた気がした。他愛無いことで笑いあい、喧嘩して、そして幸せを感じていた日々、1ヶ月という短い新婚生活だったが、

確かな、そして今の彼にはない幸せがそこにはあった。幻覚であることはもちろん彼には分かっていたがそこには確かに笑顔の彼女がいた。

まだ彼女が生きているかもしれないとは思っていた。しかし、彼はあくまでも一般人であり、そして、彼は待ち続けることが出来なくなっていた。

これ以上待ち続けても自分が悲しくなるだけだということは理解できていたし、自分勝手ながらも彼女なら7年も待ち続けた自分を許してくれるだろうと勝手に解釈していた。

彼女以外の特別な人が出来たわけでもないが、ずっと前から7年目の今日彼女が見つからない場合は決別すると心に決めていた。

彼女の部屋から出てベランダへと出る。10月の心地よい風が彼の頬を撫でた。

「奇跡は起こるからこそ存在する言葉、か」

昔彼が好きだった言葉だった。あの時までは平凡な暮らしを送り、奇跡などとは程遠かったが、どこかで聞いたこのフレーズはいつまでも彼の頭の中に焼きついていた。

「一番嫌いな言葉になりそうだな」

ふと口元を緩ませる。茜色に染まった空が彼を赤く染めていた。

彼女が少ししか見ることが出来ないから好きだといっていた10月の夕焼けを眺めながらこの七年間の待ち続けるだけの日々に別れを告げながらそんな言葉をつぶやいた。

「さて明日からまた仕事だ、がんばらないとな」

七年ぶりに心の中の時計の針が動き出したことを感じながら少しずつ前へ進もうとしていた。

「さて、まずはあの部屋の掃除から・・・、はーい、今出ますよ」

彼の言葉を遮るように部屋中に来客を知らせる音色が鳴り響く。彼の新たな日常が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

あとがき

というわけでお送りしました「大切な日常」いかがでしたでしょうか。

この作品は、前作「死神の奏でる鎮魂歌」と同様大学のゼミに提出用のものに手を加えたものです。

現実にも起こりうるような現実的な作品を、というのが今作のテーマです。

そのはずだったのですが・・・。なんか非現実的ですね、やはり。

大学ではやはり担当の教授にボコボコにけなされてしまいました。

しかし、大学ではやはりあまり感想があつまらないので是非感想ください。いや、切実に・・・。

この作品は連作になる予定ですので、あまくでも予定ですが見捨てずに待っていてください。

ではまた次回〜